青梅山無量寿院
金 剛 寺
歴 史
金剛寺は東京都の西にある、青梅市の名前の
由来にもなった「将門誓いの梅」を擁する
真言宗豊山派のお寺です
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青梅(あおうめ)の花が散ったあと、枝垂桜が絢爛豪華に境内を彩り、東国花の寺百ヶ寺として登録されています
真言宗 そして、
青梅周辺の歴史を
紐解く資料の数々
文化財
国の重要文化財
「絹本着色如意輪観世音像」
をはじめ、多くの文化財を
有しています
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将門誓いの梅
平将門がこの地に立ち寄った際に
願いを込めて地に刺した梅の枝。
たちまちにして根を張り枝をつけ
たその梅の実はいつまでも青いま
まだったことからこの地を青梅と
呼ぶようになりました。
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僧正門
天保12年(1841)の火災により、
ほとんどの建物が消失してしまい
ましたが、僧正門(都有形文化財)
と鐘楼は当時のまま現存しています。
僧正門は、桃山時代の様式をよく
伝えています。
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金剛寺の鐘の銘文(拓本)
寛文6年(1666年)、この地方の
代官、高堅四郎左衛門とその配下や
青梅の名主以下、有力な町人によ
り寄進された名鐘。
刻まれた文は、京都の名利智積院の
住職の作です。開基の平将門の青梅伝説を伝える、最古の記録です。