お大師さまと真言宗

お大師さまについて

一、

平安時代は貴族の時代ともいわれます。
仏教もまた、時の大陸から経典がこの国に伝わってきましたが、当時は貴族の方々がこの研究を行い、そして彼らが頼みとする呪術の1つとして国が保護しているものでもありました。

讃岐(今の香川県の一部)の地で郡司の家に生まれたお大師さまは、幼名を真魚という名で育ちました。とても利発な子どもだったようで一族は中央で官僚として出世することを願い大学(今の大学と違い、当時の大学は貴族官僚の育成機関でした)へ送り出します。しかし、お大師さまはその聡明な眼で世間を眺め、考える中で、ただ貴族官僚として出世するのではなく、飢えや病気、災害に苦しむ民衆たちを救うこと。そのためにこの世の原理を識ることを志し、仏門に入ります。そして、この国に伝来していた密教のカケラ(雑密)を拾い集めながら、ご自分の中で密教の体系を作り上げていったのです。

二、

そうして創りあげていった密教=真言宗の卵を完成させるため、お大師さまは当時、世界そのものであった唐に遣唐使の一員として渡ることを決意します。
当時、密教は不空三蔵(フクウ)と善無畏三蔵(ゼンムイ)の2つの流れを経て唐の恵果阿闍梨(ケイカ)の元で1つになっていました。その密教体系を学び、自らが研鑽してきたものを完成させるために、お大師さまは海に乗り出したのです。
4隻で出発した船でたどり着いたのはお大師さまを乗せた船ともう一隻だけという苦難の旅の末に唐にたどり着いたお大師さまは恵果阿闍梨のいる青龍寺に入りました。
その後、たった半年でお大師さまは1,000人の弟子がいるといわれた恵果阿闍梨から金剛・胎蔵両部を授けられ、密教の教主となる阿闍梨の地位を贈られ正当な密教の伝承者となったのです。

 

三、

異国からきた僧侶であったお大師さまが、たった半年で恵果阿闍梨から「阿闍梨」の地位を贈られたのは、たた師について教えを学ぶのではなく、自ら体得された密教をより完全なものに創りあげる。そのお大師の姿にあったのでしょうし、その原動力となったこの世の一切のものを救いたいという強い想いがあったからではないでしょうか。帰国後、お大師さまは持ち帰った密教の布教につとめます。高野山を開き、真言宗という新しい宗派を国に認めさせ、多くの弟子たちとともに諸国を歩きました。
でも、それだけではありません。今でも香川県に残る日本最大のため池=満濃池は当時、毎年のように決壊し、民衆の生活を脅かしていました。その満濃池をため池として完成させたのはお大師さまでした。

四、

その後、1,000年の長きにわたり、この池はこの地に住む人々の農業と生活を支えてきたのです。また、当時、学問を学ぶ場としてあった大学は先にも書いたように主に貴族の人たちが儒教を学び、官僚になるためのものでした。
そこにもお大師さまは一石を投じられています。この国で初めての庶民が学ぶことのできる学校「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」もまた、お大師さまが構想し作られたものなのです。
なぜ、仏教を志し、真言宗を体得されたのか。苦しむ民衆を救う慈悲の心がお大師さまにあり、そしてそれを現実の世界で実現していく。

まさに、真言宗の教えそのままの方だったと思うのです。

真言宗について

平安時代初期、真言宗の祖となる空海(以降:お大師さま)が打ち立てた仏教の一派の名称です

一、

お大師さまが完成させた密教をこの国に広める時に密教を「真言宗」と呼称したことから、この国では密教を「真言宗」といいます。
真言宗の特徴は顕教(真言宗以外の仏教宗派)がお釈迦さまの教えを説くものであるのに対して、この宇宙の原理そのものであり、この宇宙に偏在する大日如来の教えを体得することにあります。
真言宗においては、お釈迦さまは大日如来の法を現実世界で悟った方とされ、大日如来の法を私たちにわかりやすく私たちの言葉で説いてくれている方であるとされています。
同じように大日如来はその時々と場所、相手によって姿を変えて現れるとされ、なので真言宗のお寺では大日如来以外にもいろいろな仏さまを本尊としています。
金剛寺においては「白不動明王像」がこれにあたります。
不動明王もまた、大日如来の化身であり煩悩を抱え苦しむ民をなんとしても救うために憤怒の形相になっているといわれています。同時に大日如来の顕在をみなに触れる使者としての役割もあるといわれています。

二、

真言宗の教えの中で、他の仏教と大きく異なる特徴は、人はそのまま、この身のままで成仏できるという即身成仏という考え方です。即身成仏というと「修行の結果、亡くなった僧のミイラ」のようなイメージがあるかもしれませんが、真言宗の教えではそうではなく、人間は即身(その身のまま、そのまま)成仏(仏に成ることができる)という教えと、その教えを支える宇宙観にあります。

 

三、

真言宗においては、この宇宙に存在するものすべての本来の性質は「地・水・火・風・空・識」の六大によって成り立っていると考えます。現代科学においては原子やさらにその根源となるニューロンなどがこれにあたるのかもしれませんが、今から1,000年の昔に成立した真言宗においても宇宙に存在するすべてのものには根本となるものがあと考えられているのは驚異的なことです。その根本とは性質であり、「地(堅さ、すべてを保持する性質)・水(うるおい、すべてのものを受け入れる性質)・火(あたためる、すべてのものを成熟させる性質)・風(動き、すべてのものを養う性質)・空(さまたげず、抱擁する性質)・識(精神の活動)」であるとされているのです。

四、

さらにこの六大から成る宇宙の姿を表したものが曼荼羅です。曼荼羅とは宇宙の姿を諸仏によって表したものであり、宇宙は4つの面からみることができるとしてあらわされたものが「大曼荼羅」「三昧耶曼荼羅」「法曼荼羅」「羯磨曼荼羅」の4つになります。大曼荼羅は胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅の2つあり、宇宙の在り方を仏の姿であらわしたものです。三昧耶曼荼羅は心や命など色や形のないものを表現し法曼荼羅では目に見えるもの、見えないものすべてを梵字という真言で表し羯磨曼荼羅では宇宙の原理を司る諸仏の動きを示し、宇宙の動き、働きを表現しているのです。
このように真言宗においては、宇宙の根本的な性質とその性質からなる宇宙そのものをとらえることが始まり、だからこそ宇宙の原理そのものである大日如来と我々人間は、その在り方は一緒であるとし、だからこそ人もまた即身(その身のまま、そのまま)成仏(仏に成ることができる)ができるのだと、その教えを伝えます。
そして、その方法を説いているのです。

仏教においては私たちの行いや生活は「身体」「言葉」「心」の3つの働きから成っていると考えますが、真言宗ではこれを「身密」「語密」「意密」の三密とよびます。
そして、手に印契を結ぶ身密、口に真言をとなえる語密、心に本尊を念ずる意密によって六大や四曼で表される宇宙と一体になり、即身成仏できるとしているのです。

このように、真言宗とは仏教の一派であると同時に1,000年の昔にお大師さまがこの宇宙、世界の原理を眺め、体感し、そして思索した結果作りあげた一大哲学体系であるともいえると思います。
そして、なぜこの世界の理を解き明かそうとしたのか。
その根本にはお大師さまの衆生に対する慈悲の心があったからなのではないかと思うのです。衆生が苦しみ生きる当時の世界にあって、宇宙の原理を解き明かすことにより、人はみな即身(その身のまま、そのまま)成仏(仏に成ることができる)ができるというお大師さまの教えは人々の希望となり、だからこそ1,000年の時空を超えて、今も多くの信者を救い続けているのです。